園芸用自動散水器
[現状と目標]
1~2週間から1月程度家を空ける長期の旅行に出ますと、庭の草花や植木鉢の植物が乾燥して枯れてしまうという心配があります。また、花壇や庭園ではその美しさを維持するために毎日欠かさず人手をかける必要があります。このような不安を解消するためにIT技術を駆使した自動散水器が商品化されています。マイクロコンピュータを用いて、水やりの時間や水量を予めプログラムできるものです。工事費を除いて本体部分は数万円程度で手に入るようです。本物理工学研究社でも自宅のある東京都府中市と会社のある土浦市とを往復するため、それぞれの場所にある植物の水やりが、特に暑い日照りが続く夏場には懸念でした。当初、市販されているようなマイコン利用のシステムを自作すれば済むと考えていましたが、一ケ月のように長い間の不在を考えると、その途中で停電があることもあるでしょうし、ぐずついた雨模様の日が連続することもあるかも知れません。このような状況にも適切に対応するには、インターネットに接続して遠方から管理・コントロールできるシステムの方がよいということになります。そうするとインターネットの管理費もさることながら接続するサーバーの維持管理も必要となり、庭の水やりだけにそれだけの経費をかける意味があるのかということになります。状況によってはこのようなシステムがよいということもあるでしょうが、少なくとも本物理工学研究社としては、それは必要ないという判断で、できるだけ安価に実用的な自動散水器を開発することにしました。安価ということであれば、植木鉢などに給水できるペットボトルを逆さに立てた方式のものが数百円で売られていますが、これは数日で水を補給する必要があるため、私たちの目的には沿いません。
[自動散水器の開発段階の失敗]
水道管から供給される水の水流を開閉できる止水弁とこの弁棒を動かす仕組みを開発します。最初は、ソーラーパネルで供給される電力で弁棒を動かす試作品を作りました。この方式では、太陽が照り付ける場合だけに電力が発生して止水弁を開くというもので太陽が陰ると電力が落ちて止水弁が独りでに閉じ、散水が止まります。曇った日や雨の日では、もちろん止水状態が保たれます。しかし、水道水の止水を行う弁を閉じるため弁棒に加えておくべき初期力が思ったより大きく、弁棒を動かす電磁石に大型のものが必要で、それに必要な電力を供給できるソーラーパネルに経費が掛かります。 このため、思い付いたのが温度上昇による熱膨張を利用して止水弁の弁棒を動かすという方式です。この方式の問題は、10℃の温度上昇を想定しても固体の熱膨張率が小さいため、止水弁を動かすようにするにはかなり大きいスケールのものが必要になることでした。それで固体よりも熱膨張率の大きい液体を利用することを考えました。液体として水を使うことにすると常温付近で体積が210ppm増えるとあるので、例えば、ワインのボトル(700cc)いっぱいに詰めた水があれば、ボトルのガラスの膨張を無視して約1.4ccの体積の膨張が利用でき、例えば、直径8ミリのパイプにこの水を通すと2.8ミリ上昇する大きさです。液体の弾性体としての性質を考慮してもこの体積膨張は止水弁を動かすのに利用できそうです。以上の考えをもとに500ミリリットルのガラス瓶に水を密閉し、入り口にピストン状に移動できる栓を設けてこれに止水弁の弁棒を取り付けました。ガラス瓶を熱湯に入れピストンの動きを観察しましたが、まったく動きませんでした。何が起こったかと言えば密閉する栓からの水漏れでした。ここで水漏れが起きないようにするには栓の工作精度を上げる必要があります。また、この実験で体感したことは、ガラス瓶の内部の温度上昇と下降に時間がかかり過ぎるということでした。つまり、このガラス瓶利用の散水器が完成したとして庭の片隅に設置しておくと太陽が沈んでも長い間散水状態が続くということです。
[開発した自動散水器]
固体の線膨張率が小さいとは言っても、プラスチック樹脂などでは100ppmに達しますので、1mの長さのABS樹脂パイプ(線膨張率70~100ppm以下では70ppm)と真鍮パイプ(18ppm)を並べると10℃の変化で0.52ミリの差が生じます。それぞれが弾性体で変形したり、接触面の凹凸によるへこみなどでこの変位差をすべて有効に利用できるとは限りませんが、これらの点に注意を払って設計すれば、弁棒を効率的に動かせるかも知れません。以上の考えに基づき製作したものが図1に示す熱膨張による自動開閉水栓です。ここでは太陽熱利用の散水栓と言い換えても良いです。その構造と動作は以下の通りです。

図1では、弁座にOリングを介して弁棒を押し付けることにより止水を行う構造の水栓本体3に、外側が線膨張率の大きいABS樹脂、内側が線膨張率の小さい真鍮でできた2重管の外側を取り付け、内側の小径パイプに水栓の弁棒を接続します。2重管は水栓本体とは反対側の先端でのみ繋がっているので、温度が上昇すれば内側パイプが持ち上がって弁棒を持ち上げて開栓状態となります。温度が下がれば弁棒が下がり、もとに戻って止水状態になります。2重管を構成する弁棒操作桿支持パイプ8と弁棒操作桿7とを軸対称の構造としたことにより、上で述べた接触面の微小な凹凸は通常の機械工作で数十マイクロメーター 以下に抑えることは困難ではなく、軸対称構造により高められた曲げ剛性により、予期しない変形による引き抜き変位の損失を防ぐことができます。初期状態の設定は、パイプ先端部の弁棒位置調整ねじ10を回すことにより行うことができ、一旦設定すれば経年変化により各部材の長さが変化しない限り同一条件で水栓の開閉が自動的に行われるようになります。
[実地テスト]
図2に示すように日当たりの良い場所に熱膨張による自動開閉水栓を垂直に立て、下側から水道水を供給し、止水弁が開いたら横から散水が出来るように設置しました。

実地テストの始めにパイプ先端部の弁棒位置調整ねじを回して止水弁を開け、散水が行われることを確認します。次に弁棒を下げる向きに調整ねじを回して行き、散水が止まる位置でねじを止めます。調整ねじのピッチは1.25ミリですので、散水が止まる向きにさらに4分の一回転ほど回して緩めて置くと、設定温度から約6℃の温度上昇で散水がちょうど始まる位置まで弁棒が上昇し、さらに温度が上がると散水の量が多くなるように止水弁が開いて行きます。太陽が昇る前の気温が25℃で上の設定をして置けば、気温が30℃くらいに上がると止水弁が開く寸前となり、太陽熱で外側パイプがさらに温められると大きく止水弁が開きます。図3―1は、止水弁が開く前のぎりぎりの設定を行い、図3-2は、雲間から出てきた太陽の光で止水弁が開いた様子を映しています。

[熱膨張による自動開閉水栓の応用]
ここで紹介した自動散水栓は、温度が上がると開栓が行われ、温度が下がれば止水状態に戻るというものでしたが、外側パイプに熱膨張率の小さい素材を用い、内側パイプに熱膨張率の大きい素材を使えば、温度が低下する時に、止水弁を開き、その逆の場合に、止水弁を閉じるというようにできます。このような応用の需要がどれだけあるかですが、例えば、水道管の凍結が懸念されるような寒冷地で、水道管の水流を確保することが有効な場合、自動的にこれを行わせる目的に利用できます。
いずれの場合も、ここで紹介した熱膨張による自動開閉水栓は、器具の構造がシンプルで故障の心配がなく製造費が安い上に、電力が不要かつ維持の手間もかからず、当初掲げた目標を達成しています。水圧による供給系統での水漏れがないように注意すれば誰でも安心して使用できる自動開閉水栓です。
[知的所有権等]
本品は「熱膨張による自動開閉水栓」として2016年8月19日特許の出願を行いました。
[試作品製作と今後の予定]
本品を広く活用して頂くために試作品の改良を進めて参ります。本品を製品として売り出す意欲を持たれる方には、必要な技術情報をお伝えする準備があります(メールでお問い合わせ願います)。